一夜にして殲滅された街、オラドゥール・シュル・グラヌ(Oradour-sur-Glane)
オラドゥール・シュル・グラヌ(フランス語: Oradour-sur-Glane)とは、フランス・ヌーヴェル=アキテーヌ地域圏オート=ヴィエンヌ県の村である。1944年6月10日、ドイツの占領下であったこの村でナチス武装親衛隊による大規模な虐殺が行われた。当時村にいた村民のほぼ全員が殺され、村は一日にしてゴーストタウンと化した。
出典:wikipediaより
フランスはドイツの占領下にあったのだと思い起こさせる遺跡。ある日突然その日は訪れた。1944年6月10日、普通に日常生活を営む人々642人が犠牲になり、そして街は焼き尽くされた。
フランスはこの惨事を記録として残すためにこの街を保存した。メモリアルセンター(1999年に建立)を入口として街に潜り込む。住宅、学校、郵便局、パン屋さん、床屋さん、肉屋さん・・・・その建物が何に使われていたのか?の標識のみが壁に貼り付けられている。解説はない。見たままの状態を記憶にとどめてくださいというメッセージなのだろうか?あるい見た人に解釈を委ねるということか?

新しいオラドゥールの街の入口に立つ像。炎に焼かれる女性が天を仰いでいる
女性と子供達は教会に集められ、焼かれたのだ。

教会に差し込む陽。壁には銃弾の痕が無数にある
かつてはにぎやかな街並みだった

視線を落とすと不思議と生活感を感じ、当時を思う

電柱と電線の存在が、最近のものであることを感じさせる。古代遺跡ではないのだ

街を列車が走っていた。リモージュの街と繋がっていた

訪問者がゆっくり散策している

人の気配を感じない、無にされた空間・・・
活躍していた自動車

自動車。豊かで賑やかな生活を感じる

残された数台の自動車に魂を感じる

芽吹く草花
生活

多くの家屋に残されていた、焼け残ったミシン
その日もカタカタと音を立てて働いていたであろうミシン達は、あちらこちらに転げている。

肉屋さんか?秤のようにみえるが

乗り主を待っているかのよう

0から50まで、5刻みで目盛りがある・・・・給油装置と思われる

家庭の味を作り出していたのかなあ
今

動物の気配もない中、わずかな植物が色を添えている

陽が傾いて来たら栗を見つけた。そう、いまは秋。
メモリアルセンターから入る
まずはメモリアルセンターでチケットを購入し、街へ入る。

バス停からメモリアルセンターまで少し道のりあり。標識の指示に従う

殺風景なメモリアルセンター

オラドゥール=シュル=グラヌの入口

センターで購入した地図。英語版は品切れ。
オラドゥール=シュル=グラヌへの行き方
まず、リモージュの街へ鉄道で。そこからオラドゥールの村まで20キロくらい。
2016年10月初旬に訪問した、その記録。パリは摂氏11度で凍える。
- パリのオステルリッチ駅からリモージュベネディクタン駅まで
- およそ3時間
- 古い駅舎のオステルリッチ駅8時41分発の急行(INTERCITE 3621)。
- SNCFという国鉄。チケットは日本でネットで購入し、プリントアウト。
実際は8時54分に出発。車内は暖房が入っている。天気は快晴。およそ3時間田園風景をのんびり眺め、目的地リモージュ駅に到着。

リモージュベネディクタン駅

麗しきリモージュ駅。海中のサンゴのように白く輝く
オラドゥール・シュル・グラヌまでバスか?タクシーか?
リモージュ駅からオラドゥールの街まで20kmくらい。informationで尋ねると、「もう少しでバスが来るよ」と。一日に3本しかないバスが12:35発。
駅はバスターミナルに直結。目的地が電光表示されるのを確認して12番バスに乗車。陽気な女性運転手から往復切符(4ユーロ)購入。初めは乗客は2人だけ・・・

12時35分発にのればおよそ40分ほどでオラドゥール・シュル・グラヌに着く
結果的にはタイミング良くバスを利用できたが、これを外したらタクシーかな?
帰りのバス停もチェック。

メモリアルセンターから少し距離がある。
バス停はメモリアルセンターから徒歩で5分ほど。観光案内所のある公園沿いにバス停あり。スマホのgooglemapのおかげで自分の位置確認は問題なし。

帰りのバスも一日3本だ。17時35分に乗った
4時間余り、オラドゥールの街を散策して、帰りもバス。これも少ないので要注意。流しのタクシーもいない。

オラドゥール=シュル=グラヌの隣に作られた新しいオラドゥールの街。ひとなつこい猫。地面に背中を擦り付けてゴロニャーン
夜はリモージュの街で一泊です。